汚れた英雄

今となっては映画版すら知らない人が多い作品ですが、原作は4巻に渡る長編小説
それも戦後直ぐから昭和40年代初頭まで、父を特高警察に撲殺され母を空襲で失った孤児「北野昌夫」が叔父の自転車屋に引き取られるも冷遇されるも持ち前の美貌とメカいじりの本能的技術が彼をレーサーへと導いていく

レースとしては浅間火山から始まりアメリカローカルレースへの参戦、そしてMVアグスタでWGP参戦そして350ccでのタイトルとMV撤退によるワークスマシン貸し出しという形でのプライベート参戦、ホンダの台頭によりMV完全撤退とモリーニ、MZでの参戦
MV復活と行き過ぎた開発競争による気筒&ミッション数制限がもたらすWGPそのものの停滞と失望
そして4輪レースへの転向と事故死

その美貌に群がる女を金づると見なし時には甘く、時には強引なまでに女をモノにしレース資金を得ていく
日本時代は大企業ご令嬢、全米時代はハリウッドの大物女優、WGP時代は資産家未亡人、伯爵夫人と彼の毒牙にかかり嫉妬した女同士の争いで身の破滅や時には命を失うことも

結局彼の争奪戦に最終的に勝ったのは結果として彼の子を産んだ日本の映画会社ご令嬢(友野由紀子と昌彦)かと
昌夫は子供をちゃんと認知し彼の資産の相続人として手続きをし、仮初でも家族団らんを体験できたのは彼女だけ
映画版での緒方メカの奥さん(浅野温子)と息子さんの立ち位置ってこの親子なのかな?
金の為ならどんな手段でも女を落とすプレイボーイな北野昌夫がこの子にだけは良い兄貴であり続けたのは唯一心を開けた相手がこの親子だったような

浅間火山から進駐軍ベースやキャンプでの草レース
多摩地区から多くのレーサーやチューナーを輩出した理由の一つがこれ
戦中多くの軍事施設や軍事工場があった多摩地区は戦後多くが進駐軍に接収され基地や住宅に
その進駐軍の施設内での草レースが盛んに行われ、米兵とてマシンの整備やチューンナップを基地外の日本の整備工場に依頼(ヨシムラも福岡から東京進出した際はまず福生に拠点を置いた)
そこで生まれた交流から多くの日本の若者が草レースに参戦し腕を磨いていきました
このシーンは創作部分もありますが多摩地区レース発展の貴重な記録とも言えますね

WGP編もホンダがマン島参戦する以前からの描写と当時のトップレーサーの描写
そして伊藤史朗のBMWでの500cc参戦なども貴重な描写である
ホンダの恐るべき進化と高橋国光の負傷
そして4輪への転向など、60年代のレースシーンの克明な描写も必見

昌夫の女性遍歴の中にデビ夫人と思われる人の描写も必見
また彼女も戦後日本史を見届けてきた生き証人なんですよね

大藪春彦氏の小説と言えば銃器やガンテクニックの事細かな描写も特徴
さぞかし氏は射撃の達人かと思えますが、実際の大藪さんの射撃の腕はうーん・・・
芸能人ガンクラブでなくあくまで1選手として頑張ってたのは凄いですが、まあ当たんないんですよね

自分の父が射撃の選手(世界選手権クラスです)で大藪さんとも交流があったので伊勢原の射場での事とか色々聞かされてもいますし、自分自身伊勢原の射場は父にくっついて行ってた遊び場だったので思い出深い場所でもあります

今MOTOGPが人気ですが、その原点であるマン島TTやホンダのWGP参戦
今のMotoGPマシンの名のRCシリーズの源流など、今の人にも読んでもらいたい作品です